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zoom RSS 偲ばれる話

<<   作成日時 : 2017/08/10 03:01   >>

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先日、先生を偲ぶ会が行われました。

一人づつスピーチをすることになったのですが、
胸が詰まって、うまく話せません。
日頃から先生のことを思い出しては、
泣きそうになっているくらいですから
無理もありません。

でも人前で涙を見せるのは恥ずかしい。

なら、おかしな話をして、泣きそうな自分自身も
ごまかしてしまおうと考えました。

先生とのおかしな話はいっぱいあるはずなのに、
こういう時に引っ張り出すのは
だいたい、よくわからない話。

例えばこんな。

先生は麻の帽子を胸に乗せて、ソファに寝転がっていました。
夏の終わりでした。
夕暮れを前に、裏庭では蝉が大合唱しています。

みんみんみんみん

「ああ、蝉ってやつは虚しいなあ」
先生が言います。
「こいつら、たった1日地上に出てきて、それで終わりだ」
「はあ。」
「虚しい奴らだなあ」
「はあ。」
「こいつらなんのために生きてんだろうなあ」
「なんのためでしょうねえ?」
「子孫を残すためってのもあるだろうけど、
地上に出てきて1日じゃあなあ」
「はあ。」
「虚しい奴らだなあ」

先生があまりにも蝉のことを虚しい虚しいというので
別に蝉に恩義があるわけでもないのに、
代わりに先生を問い詰めたくなりました。

「人は違うんですかねえ?」
「人は子孫を残しても、すぐには亡くならんだろう」
そこで、聞きました。
「はあ。すぐにはねえ。でも先生、
人はいくつくらいまでセックスできるんですかねえ?」

すると先生は
「75くらいじゃないの? そのあとはね、なんにも出ないよ。うん」

僕は、先生があっさり具体的な年齢を言ったことがおかしくて
ゲラゲラ笑いました。しかも、最後の「うん」って何に
納得してるんだろうと思ったら、またおかしくなって
ずっと笑い続けました。

先生はといえば僕が笑っているのを傍目に相変わらず
「蝉ってやつは本当に虚しいなあ」
と更に蝉を罵っています。
先生が92、3歳の頃だったと思います。

偲ぶ会で、僕はこの話の
「人はいくつまでセックスが出来るか?」
以降だけ話してしまいました。

出席者の皆さんはなんとなく笑ってはいましたが、
明らかに、朝から先生とセックスの話を聞いて
変な空気になっていました。

いい話するから、もう一回偲ぶ会しようとも言えず、偲ぶ会は終わりました。

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